苦しむ人を救済できる真の霊止(ひと)になるために

2011年 インド・ヒマラヤ修行記

2011年 インド・ヒマラヤ修行記

ヒマラヤの山々

施術の日々が再開し、その合間で原稿を書いていると少し前までインドの喧騒と不衛生の極みの世界にいたことがまるで遠い昔のように思える。

 

今回のインド修行は北インドのリシケシの街を中心にヒマラヤの山中まで及ぶものであった。
私は環境の変化が昔から苦手であり、また幼少の頃より胃腸が強くないのでインドに行くのだけは嫌だったのだが、今回は神の恩恵もあったのだろう、インドに行かなければと強く思うようになり、兄弟子の修行に同行させてもらうことになった。

 

なぜ修行者はインドを目指すのかというと、インドは神の国だからである。
インドにはここかしこに神の名前や神像があり、人々の生活・日常に深く入っている。
また、日本人の多くが信仰する仏教も元を辿ればインドに由来している。
仏教はインドを源流とし、中国を介して1500年程前に日本に伝わった。

 

インドに行って思ったのは日本と違ってエネルギーが強いということである。
よくインドに行くとお腹を下すと言われる。
これは一つには不衛生ということがある。
またガンジス川の水は石灰質なのか白濁で硬質なためこれが日本人に合わない。
日本で売っているコントレックスという水を飲むとお腹が痛くなって腹を下して痩せると一部の女性の間で言われているようだが、まあインドの水はコントレックスのような感じでだから日本人には合わないのだ。

 

ガンジス川
〔ガンジス川の上流の風景〕

 

もう一つ、これは私なりの視点だが、エネルギーが高いための浄化作用が起こるのではないかと思う。
気功(ヒーリング)でも好転反応として下痢をして老廃物を排泄する反応が起こることがある。
これはいわば良い下痢であり、体内の不浄なものを排出する作用であるため出して正解の下痢なのだ、これを正露丸で止めてはいけない。

 

私は今回のインド修行のために7月~9月にかけて微食に切り替え10キロの体重減を敢行し、腸をはじめ体内を浄化した。
そのためだろうか、不衛生が苦手なのにも関わらず最後までお腹を下すこともなく健康をキープし行をこなしていくことができた。
それだけではなく行を全うできるようにという神の恩恵もあったと秘かに思う。

 

北インド、リシケシの街は修行者の町。
そこら中にサドゥ(修行者)がいる。
サドゥは施しをしてもらえるのでサドゥに身を扮した乞食も多い。

 

インド牛
インドでは牛は聖なる生き物で、日本と違い食用にしない。
そのため、街のあちこちに牛がゴロゴロしている。
歩いていると黒々とした目でボーとこちらを眺めているのが牛さんだ。
戦場の地雷のようにあちこちに彼らの糞があるのでちょっと油断をしていると靴で踏みつけてしまう。
彼らの糞は大きいので踏んでしまうというよりも靴が埋もれてしまうという感じだ。
私は幸いにして糞を踏むことなく過ごしていたのだが、帰国の前日、バスから勢いよく降りた第1歩が糞にあったってしまい、不意打ちに「そりゃないよ~」と苦笑するしかなかった。
ビートルズのアシュラム
〔ビートルズが修行をしていたアシュラム(僧院)〕

 

リシケシはかつてビートルズが修行をしていたところである。
今は廃墟となっているが、彼らは当時ここで何か法(力)を授かったのだろうか。
彼らの歌が世界中に広まり、今も多くの人に愛されていることを考えると何か特別な法を授かっていたと考えた方が合点がいくというものだ。

リシケシはヒマラヤへの玄関口と言われている。
そこからは更に山の奥へ奥へと向かった。

 

車で約2日もかかった。
断崖絶壁の舗装されていない悪路を行き、崖から転落するのではないかという恐怖と悪路による振動でかなり疲労した。
段々と住民の顔がインド人というよりチベット人のような顔になっていった。

 

到着したところは高度が富士山の頂上と変わらない高さであった。
既にシーズンオフに入っており、観光客の立ち入りは制限されている。
ヒマラヤで修行する聖者も越冬するツワモノの他はこの季節には山を降りる。
私の泊まったホテルはホテルというしろものではなく電気・ガス・水道もないただの箱であった。
ああ、ヒマラヤの冬にライフラインがないところで過ごさなければならないとは…

 

毛布が一枚あった、ありがたいと思いきや、湿気を含みかなり重い、しかもダニだらけであった。(ダニは寒くても平気なのだ…知らなかった…)
私はこのような環境が苦手なのだけれど修行のためとなれば仕方がない。

 

 

ただ、空高くそびえるヒマラヤの山々と遮るものがなく澄んだ夜空に輝く満天の星々は筆舌しがたい程に美しかった。
やはり実物を見ると違う。
地球の雄大さと美しさを思う存分に堪能できた。

 

今回のヒマラヤ行きは私の中で遣唐使のようなものだと思っていた。
遣唐使は当時日本より先進国であった唐(中国)の技術や知識を日本に持ち帰るために命がけで東シナ海を渡った。
一枚板の下は地獄と言われ、当時は航海技術が未熟であったので遭難し辿りつけなった者も多かったし、また唐から帰国できなかった者も多かった。

 

今回の渡印の目的…それは知名度があり商売上手な聖者ではなく、お金や有名になることに興味がなく本当に実力を備えた聖者とめぐり合い、そこでその聖者に法力を伝えてもらうことであった。
日本人は便利を極めた生活を送っているがいかに病んでいる人の多いことか…その人達を救わなければならない、意識を高めていかなければならない、同行した兄弟弟子達も思いは同じであった。

 

そのような意味でまだ日本にない、聖者達が神から直接降ろした(ダウンロードした)エネルギーを持ち帰るということでは、古に先進知識を求めて命がけで唐に渡った遣唐使達と同じような役割ではないかと思う。

 

結果的に今回は3人の無名だが実力は抜群の聖者達とお会いすることができた。
これは本当に幸運だったと思う。
これを導いてくれた神へどう感謝してよいかわからないくらいだ。

 

聖者達はいずれもサマディといって悟りを開いていた。
悟りを開くとは神との合一を果たすということであり、言葉には聞いていたがそれがどのようなものかはお会いするまでは分からなかった。
彼らのエネルギーは強力で、まさにエネルギーの塊といっても過言ではない、そのようなレベルであった。
神と一体になるというのはこのようなことかと体験でわかった。
かつてこのような人間と会ったことは一度もない。
聖者達の中にはアシュラム(僧院)を持っていたものもいたが、そのアシュラムのエネルギーの凄い事は実際に行って体験してみないことには分からない。

 

ある聖者は私たちの目の前でサマディを公開してくれた。
瞑想しながら脱魂し、魂は神の世界に行くのだ。
肉体がもぬけの殻になってしまい、強力なエネルギーを放っている聖者の肉体を見てただただ呆然とするのみだった。
その聖者は72時間サマディを達成したことがあるという。
しかし、まだ会って間もない連中(私たち一行のこと)に奥義とも言えるサマディをみせてくれるとは…こんなことは普通ありえない。
ありがたく光栄であると同時になにかとてつもない責任を負ったような気がした。

 

〔聖者と会うために…こんな山を登って行った〕

 

色々と体験したこともあるが、多くを話してはいけないという制約もあるので体験したことは申し訳ないけれどもこのあたりでご勘弁願いたいと思う。
要は私が体験したことをどのように日本の人達に還元するかの方が大切なのだから。

 

聖者と会うのは、実際にはこちらからアクションを起こすものの向こうから呼ばれなければ会うことはできないと言われている。
また、前世までの功徳がなければ聖者と会うことはできないと言われている。
果たして私のような凡人がそれに該当するのかどうかははなはだ「?」だが、兄弟弟子達からも「水野さんは本当に運が良いね。」と散々に言われた。
私もどうしてこのような恩恵に恵まれたのか、ただただありがたいとしか言いようがない。

 

願わくば、また聖者とお会いする機会があってそこでより深い知識や力を学びたいと思う。しかし、こればかりは自分の力でどうこうなるものではなく、神の見えないお導きがなければなされるものではない。

 

リシケシのシヴァ神
〔リシケシのシヴァ神、背景はガンジス川〕

 

また、今回私は「すべての神はつながっており、一つのものである」という小さな悟りを得た。
これは頭で分かったというものではなく、体験として腑に落ちたという理解である。
古今東西色々な神々があるが、それは神が人間に対して向ける一つの顔のようなものに過ぎない。
究極的に一つの神がこの世界を創っており、その神はすべてに遍在している。

 

私が神の手先として相応しい人間になれるよう、神の力を使って多くの人の病を癒していけるよう、精進を重ねて行こうとまた思った。

 

【2011年11月17日】

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