カーリー女神はインドの神様で、シヴァ神の妻です。
風貌をご覧いただくとお分かりのように、神か悪魔か分からない恐ろしい形相をしています。
カーリー女神は血と殺戮を好む戦いの女神です。
私も最初カーリー女神を知った時は「随分と恐ろし気な神様だな」という印象を持ったものです。
しかし、このカーリー女神はインドでもとりわけ人気のある神様の一柱であります。
なぜなら、カーリー女神は魔と闘う最強の神であるからです。
女神というと女性らしく愛に溢れ、慈しみ包み込む・・・そんなイメージがあります。
でも、実際のところ世の中綺麗ごとだけで片付きません。
この物質世界には多くの苦しみが満ち溢れ、一向に出口が見えない苦しみの中でもがいている人々は無数にいます。
カーリー女神は苦しみの根源・・・カルマ(業・因縁)や魔を焼き尽くすために生まれた戦いの女神です。
以下に、カーリー女神について詳しく解説をしていきましょう。
序章:恐れを超えた女神の呼び声
ヒンドゥー教のパンテオン(神々の集合)の中で、これほどまでに強烈で、同時に誤解されやすい存在はいないかもしれません。
カーリー・・・サンスクリット語で「黒き者」、あるいは「時(カーラ)を司る者」を意味する女神です。
彼女の姿は圧倒的です。
血走った眼、長く突き出された舌、首には切り落とされた人間の頭蓋骨の首飾り、そして腰には切断された腕が巻き付いています。
四本の腕には、恐ろしい武器を携え、しばしば夫であるシヴァ神の胸の上に立ち、狂乱のステップを踏んでいます。
西洋文化や一般的なイメージでは、カーリーはしばしば破壊・死・狂気の象徴として恐れられます。
しかし、インド、特にベンガル地方において、彼女はもっとも熱烈な愛情を込めて「カーリー・マー(黒き母)」と呼ばれ、崇拝される究極の慈愛の女神です。
なぜ、恐ろしい外見を持つこの女神が、すべての苦難から信者を守る母として愛されるのでしょうか?
彼女の恐るべき姿の裏に隠された、宇宙の真理と、人類への深い慈悲のメッセージを探ります。
カーリー女神の神話と恐ろしい姿の象徴
神話上の起源・・・怒りから生まれた救済者
カーリー女神の顕現を語る神話の中で、最も劇的で重要なのが、世界を脅かした魔神ラクトビージャとの戦いです。
この物語は、一般に「デーヴィー・マーハートミヤ(女神の偉大さ)」に記されています。
世界が魔神たち、特にドゥルガー女神に敗れた悪魔シュムバとニシュムバの軍勢によって脅かされていた時、最強の魔神の一人としてラクトビージャが現れました。
カーリーの起源は、単にドゥルガーの援軍というだけではありません。
ドゥルガーは、シヴァ神の妃であるパールヴァティーの戦闘相であり、優雅さの中に強大な力を持つ女神です。
彼女が魔神との戦いで、怒りと力の限界に達した瞬間、その眉間から、想像を絶するほどの暗黒のエネルギーが噴出しました。
その暗黒こそが、宇宙のすべての時間と破壊の力を具現化した女神、カーリーです。
カーリーはドゥルガーの激しい怒り(クロード)そのものが形になった化身であり、ドゥルガーすら制御できない、究極の戦闘態勢でした。
ドゥルガーが宇宙の維持(サットヴァ)を象徴する秩序ある戦士であるのに対し、カーリーは制御不能な破壊(タマス)と時間(カーラ)そのものであり、その違いがラクトビージャ戦で決定的な役割を果たします。
ラクトビージャは恐るべき恩恵(ブーン)を持っていました。
彼の身体から流れる血(ラクト)が一滴でも地上に落ちると、そこから彼と全く同じ力を持つ魔神(ビージャ)が無限に増殖するという、事実上の不死身の能力です。
ドゥルガー女神がいくら剣で彼を斬りつけても、その度に無数のラクトビージャが生まれ、状況は絶望的になっていきました。
その時、ドゥルガー女神の眉間から、激しい怒りと、宇宙のすべての時間と破壊の力を具現化した女神が、轟音と共に誕生しました。
それがカーリーです。
カーリーの役割はただ一つ。
ラクトビージャの血を一滴たりとも地面に落とさないことでした。
彼女は雄叫びを上げ、戦場を疾走し、魔神たちを次々と貪り食らいました。
そしてラクトビージャを攻撃する際には、その巨大な口と長く突き出された舌を広げ、血が地面に落ちる前にすべて飲み干しました。
血の供給源を断たれたラクトビージャは、ついに再生能力を失い、カーリーによって完全に滅ぼされました。
カーリーは、無限に増殖する悪の種そのものを根絶し、宇宙の秩序を回復した究極の救済者なのです。
異形の姿が語る深い意味
カーリーの恐ろしい外見は、単なる暴力性を示すものではありません。
それは、生と死、創造と破壊という宇宙の二元性を超越した真理を象徴するタントラ的な教訓の絵です。
① 黒い肌(または深青)
時間(カーラ)と虚空(シューニャ)。 カーリーは時(過去・現在・未来)を超越しており、宇宙の始まりと終わりに存在する、あらゆる色(形相)を飲み込む根源的な無の力を示します。
② 突き出された長い舌
血の貪欲な吸引と勝利の表現。 神話ではラクトビージャの血を啜り、勝利を収めた姿。また、舌はサットヴァ(純粋)な歯を、タマス(無知)な舌で覆い隠す人間の姿の比喩ともされ、無知(タマス)を克服する力を表します。
③ 髑髏(どくろ)の首飾り(ムンダマーラ)
自我(エゴ)の死滅と知識。 50個または52個の髑髏は、サンスクリット語の文字数を表し、言葉と知識の集合体、あるいは人間が持つ個別の自我を破壊し、真の智慧に到達することの象徴です。
④ 切断された腕の腰巻き
行為(カルマ)からの解放。 腕は行動(カルマ)を象徴します。カーリーは、私たちが人生で縛られるすべての行為の結果と執着を断ち切り、信者に解脱(モークシャ)をもたらす力を示します。
⑤ シヴァ神の胸の上に立つ姿
シャクティの絶対的優位性。 宇宙は、意識(プルシャ=シヴァ)とエネルギー/力(シャクティ=カーリー)の結合で成り立っています。シヴァが横たわっているのは、カーリーの「力(シャクティ)」がなければ、意識(シヴァ)は動くことができない、つまり力こそが創造と破壊の原動力であることを示しています。
カーリーの姿は、私たちに死や破壊から目を背けるのではなく、それを力の源泉として受け入れることこそが、真の人生の自由と再生に繋がるという、深く力強いメッセージを投げかけているのです。
カーリーの哲学的・信仰的な側面
カーリーが持つ破壊の概念は、単なる終焉ではなく、より高次の真実への道を開くための浄化を意味します。
インドの伝統において、彼女は単なる戦いの神ではなく、宇宙の根源的な原理を体現する存在として位置づけられています。
時と破壊の女神「マハーカーリー(大いなる黒き者)」
カーリー(Kālī)という名前が「時間(Kāla)」に由来するように、彼女はすべてを呑み込み、すべてを超越する時間の流れそのものを象徴しています。
私たちが作り出すすべての物質的なもの、社会的な地位、人間関係、そして私たち自身の肉体は、時間という名の女神によって必ず破壊されます。
カーリーはこの避けられない「時の力」を体現しており、彼女の前には何者も永遠ではありません。
しかし、この破壊的な側面こそが、究極の慈悲となります。
彼女が破壊するのは、私たちの無知と自我(エゴ)、そして過去のカルマ(業)によって作られた執着の鎖です。
古いものが壊されなければ、新しいものは生まれません。
カーリーは、私たちが自己の幻想や虚飾に囚われることなく、純粋な魂の真実へと立ち返るよう、強制的な変化をもたらす大いなる母なのです。
慈悲深き「黒き母(カーリー・マー)」としての側面
ヒンドゥー教の中でも特に女神の力を重視するシャクティ派において、カーリーは最高神マハーカーリー(大いなるカーリー)として崇拝されます。
彼女は、宇宙に存在するすべてのエネルギー(シャクティ)の根源であり、究極のブラフマン(宇宙の根本原理)そのものです。
信者にとって、彼女の恐ろしい外見は、これ以上恐れるものはないという究極の安心感を与えます。
なぜなら、破壊と死を司る彼女を母として受け入れたなら、もはやこの世界で起こるいかなる出来事も恐れるに足らないからです。
タントラとヨーガにおけるカーリー
タントラ(密教的な修行体系)において、カーリーはマハーヴィディヤー(十の偉大なる知恵の女神)の一柱として、特に重要な位置を占めます。
彼女の図像やマントラ(真言)は、修行者が自己の内面にある影の自己(シャドウ・セルフ)や潜在的な怒り、恐怖と正面から向き合い、それを統合するために用いられます。
この哲学的な文脈では、カーリーは私たちの内奥に潜む自己破壊的な衝動や抑圧された感情のエネルギーを、精神的な進化のための燃料に変える力を象徴しています。
彼女を瞑想の対象とすることで、修行者はエゴを溶かし、真の自由と解脱へと至る道を見出すことができるとされています。
現代におけるカーリー女神のメッセージ
何千年も昔に生まれたカーリー女神の教えは、ストレスと変化に満ちた現代社会を生きる私たちにこそ、深い意味を持っています。
恐怖の克服と自己変革の奨励
現代人は、未来への不安、失敗への恐れ、老いや死への回避といった、多くの精神的な魔に無意識のうちに血を吸われ続けています。
カーリーは、私たちに目を背けるなと促します。
彼女の教えは、恐怖を消し去ることではなく、恐怖そのものを抱きしめ、そのエネルギーを変容させることを教えます。
破壊の女神である彼女を受け入れることで、私たちは最大の敵である死への恐怖から解放され、今この瞬間を力強く生きる勇気と、自らの人生を恐れずに変革する力を得ることができるのです。
終章:闇の中に輝く究極の光
カーリー女神は、破壊、殺戮、時という、一見ネガティブな要素をすべて背負いながらも、真の知識、無条件の母性愛、そして究極の自由を体現しています。
彼女の恐ろしい姿は、私たちに世界(物質)の脆さと、時の不可避性を思い出させます。そして、この真実を受け入れた時、私たちは初めて、何にも囚われない自由な存在として、人生を愛し、生きることができるのです。
彼女が私たちに求めるのは、表面的な信仰ではなく、内なる真実と向き合い、恐れを破壊し、永遠の時の流れの中で自己を解き放つ勇気です。
彼女の恐ろしい微笑みこそが、すべてを許し、すべてを包み込む黒き母の究極の慈愛の証なのです。
そのような最強最恐のカーリー女神に今回は皆様の願意が成就するようご祈祷させていただきました。
カーリー女神の恩寵が参加者の皆様に降り注ぎますように。
カーリー女神をお祀りしたい方
邪気祓い開運堂では仙人師匠入魂のカーリー女神の神像を斡旋しています。
金不換(きんふかん)オイル(カレスワーラ・スワミの血液の濃縮オイル)を一滴使い入魂しています。
また下に黒い台座(黒のラジウム・黒焼き・ババクロス〔シルディ・サイババが実際身につけていた衣装の一片〕・護符)を貼り付けています。
気エネルギー(神のエネルギーと類似の氣)は常時100マイクロシーベルト以上放出されていて強力です。
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