世の中には施術法、療術も色々とある。
それも技法そのもののレベルと、術者個人のレベルというものがあるけれども、多くは物質である肉体レベルを対象としている。
それが悪いということではなくて、それはそれでその施術家の下へはその施術家によって良くなる様なクライアントが訪れることになり、世のため人のためになっていることは疑いようのない。
しかし、肉体レベルだけでは解決できない症状というものが実際には多くあるのも確かである。
肉体レベルでないものは気(エネルギー)のレベルに問題がある。
気(エネルギー)がわかってくると今まで認識していたものが別の様相を呈するようになる。
例えば、スピリチュアル・ヒーリング講座を学んだプロの施術家の言であるが、彼女はこれまで専ら整骨的な技術を学んできた。
これまで時々頭痛がしたり喉が痛くなったりすることが多く風邪をよく引く体質と思っていたようだ。
しかし、それが今はクライアントの邪気をもらったことで起こる自覚症状だというのがよくわかったという。
かつてはこうした症状があった場合は病院に行き薬を貰って飲んでいたが、今はそれが邪気によって起こっていることがわかるので、自己浄化をして速やかに対処できていると言っていた。
(中には手強い邪気もあるようであるが…)
気(エネルギー)がわかるわからないに関わらず、施術家・ヒーラーというものは相手の邪気を受けるものである。
これは気功やヒーリングだけではなく、マッサージや整体、およそ人に触れる癒しすべてに当てはまる。
受け手の邪気を受けているという実感はなかなか自分ではわからない。
「私は邪気を受けていない」とか、「私の施術ではそのようなことは起きない」と言う方もいるかもしれないが、申し訳ないけれどそれは自分でわかっていないだけだと私は思う。
気(エネルギー)について最も理解が深いと思われるインドの聖者にして、自分自身の浄化を非常に重要視しており常に相手の邪気を受けない様細心の注意を払っている。
私自身の経験ではヒーリングの後に明らかに受けているとわかる時が多いものの、瞑想をしてみないとわからないこともある。
「今日は余り受けていないな」と思い、早く帰れるかもしれないと期待するものの、自己浄化の瞑想をすると出るわ出るわ…でちっとも早く帰れないことも多い。
気(エネルギー)の感覚に比較的敏感な私の体質にしてこれであるので、普通の人にはなかなかわからないものと思う。
受けた邪気が蓄積するとやがて大きな問題として現れることになる。
それは肉体に症状として現れることが多いが、また災厄として起こることもある。
邪気の影響を受け、自分の感情がネガティブに飲み込まれてしまうこともある。
施術家、治療家は短命と言われる所以(ゆえん)はここにある。
私はクライアントに来院の動機を聞くことにしているが、「これまでみて貰っていた気功師さんが身体を壊してしまったので」とか「先生が休業することになってしまったので」という返事を聞くことが時々ある。
せっかく人の苦痛を取り除いてあげる神聖な仕事をしていたのに、もったいない話だと思う。
私は毎日その日のヒーリングが終わると次に自己浄化を必ずしている。
短時間でやれるようになれば便利なのだけど、時間をかけるにつれて自分自身にエネルギーが浸透してくるようになると更に深いところから邪気が出てくるのがわかる。
こうして自己浄化をしていると自分から邪気が出る毎に部屋がバキバキ鳴っている。
このような現象はラップ音という心霊現象である。
私が曲がりなりにも健康で毎日ヒーリングに携わることができるのもこの自己浄化のお陰である。
少し前の出来事であるが、修行道場で自己浄化をしていた際、この時は何か大きな霊が自分に憑いていてとても具合が悪く辛かったのだけど、その霊が自分から離れた時に祭壇に飾ってあった40cm位の黄金の聖なるステッキを大きな音と共に吹っ飛ばしていった。
居合わせた修行仲間はとても驚いていた。
近年は気功やヒーリングのセミナーの類は多いようであるが、気を出す方ばかりで自己浄化について教えているところは少ないように思う。
自分自身を守る重要性はいくら強調してもしたりない位であるのに、それでは大事なものが欠けていると思えてしまう。
スピリチュアル・ヒーラー養成塾では「レイキ講座」「スピリチュアル・ヒーリング講座」共に自己浄化については教授課程に含まれている。
最も高度な自己浄化を学ぶには「密教瞑想講座」を推奨する次第である。
画像はヒーリングスティック療法研究会に参加していたヒーラーの手。ヒーリングスティックで擦ると邪気が出てきて指が青黒くなった。
この邪気が出ないまま身体に残っていると思うとゾッとする。
【2015年5月9日】