人より上に行くためにしなければならない「裏の努力」とは?

先日、桑田真澄さんの本「心の野球」を読み、そこに彼のユニークな哲学が書いてありましたのでご紹介します。

桑田真澄さんと言えば読売ジャイアンツのエース18番を長く守ってきた真のエースであり、読売ジャイアンツを辞めた後に、メジャーリーグのパイレーツに移籍した実力派の投手です。

現役を引退し、早稲田大学の大学院に入学、首席(!)で卒業し今は解説者を務めています。

その後も、東京大学大学院総合文化研究科で学んだ経歴を持ち、非常に向学心の強い方です。

プロ野球選手としても超一流ですが、人格者で頭の良さも人より抜きん出たものがあると思います。

桑田氏の指導の特徴は、巨人の星にある様な根性論を否定し、一つ一つのことに目的意識を持ち効率よく上達するという点にあります。

いわば頭を使ってやる野球です。

体格や才能に恵まれない人が頭を使って、エリートに勝つというところが興味深く、私も参考にしたいと思っているところです。

それを実証するために桑田氏は東大野球部の指導に携わり、その2年の記録をまとめたのが下の画像の「東大と野球部と私」です。

六大学野球では、他校が幼少の頃から野球ばかりやってきた野球エリートをスポーツ推薦で集めているのに対して、東大野球部は受験を経て入学してきた野球の非エリートの部員ばかりです。

才能も体格も恵まれない東大野球部がいかにして野球のエリートに勝ったのか・・・興味がある方はご一読ください。

桑田さんは著書「心の野球」の中で「裏の努力」をしてきたと言います。

「裏の努力」とは始めて聞く言葉です。

誰もが才能豊かなプロ野球選手の中で成功を収めていくには努力が必要なのでしょうが、プロですから誰でも相当の努力はしているはずです。

桑田さんがいう「裏の努力」とはどのようなものなのでしょうか?

それは見えない力を引き寄せる努力なのだそうです。

「表の努力」とはランニングをしたり、ピッチングの練習をしたり、野球に関する技術を身につけたり体力をつけたりすることをいいます。

プロ野球選手の特に1軍の人であれば高いレベルでやっています。

一方「裏の努力」とは、トイレ掃除だったり、草むしりだったり、挨拶や返事だったり、ごみが落ちていたら拾うことだったり、野球とは全く関係のない努力のことをそう言っています。

人の知らないところで裏の努力をすることは運・ツキ・縁を貯金することになるというのです。

これは日本人が古くから大切にしていた「徳」に相当します。

ある程度の高いレベルの野球技術を持つ選手たちの中で、頭一つ抜け出すのは、桑田さんのように見えない力を引き寄せることができるかどうかにかかっているのではないでしょうか。

「裏の努力」が習慣になった人はそこそこの頑張りで成功を手中に収めていると思います。

物事がうまく運んだときには「お陰さまで・・・」といいますが、それは見えない力が働いたという意味です。

それを読んで思い出したのが、私がかつてサラリーマンだった時に勤めていた会社のNさん(男性)のことです。

Nさんは人より早く出勤した後、会社のあった渋谷駅からオフィスまでの道のりをごみを拾うためにまた往復していた人です。

確かにNさんは人望が厚く、まわりの人からも慕われています。

神様はこのような生き方を喜ばれるのでしょう。

その様な人は自然に人徳の光が輝いていて良い顔をしています。

それは、化粧などの見繕い(みつくろい)で誤魔化せるものではありません。

私の店が入っているマンションの5階と2階にエステサロンがありますが、その社長さん(男性・55才位でしょうか)はよくマンションの共用部の清掃を一人黙々とされています。

日曜日の朝7時とか平日の24時頃でも清掃をしているお姿を見ることがあります。

私はとても真似ができませんが、お姿を拝見する度に「ありがたいなぁ」と頭が下がります。

エステ業界はコロナ禍で影響が甚大だと聞きますが、この様な社長さんの会社は逆境も乗り越え潰れることはありません。

ヒーリングとか霊視とかの特別な能力がなくても、人のために自然と奉仕することができる人は本当に霊性が高い人です。

逆に特別な能力があっても、思いやりがなかったり、自己中心的だったりするとその人の霊性はどうなのだろうかと疑わしくなってしまいます。

社長が会社の中で社員よりもまっさきに出社し掃除をしている会社は栄えているそうですが、そんな社長さんは「裏の努力」ということをよくご存知なのでしょう。

お金についても日本のお金持ちはお金を溜め込んでなかなか使わない人が多いようです。

使ったとしても自分の贅沢のために使います。

高級車を何台も持っている・・・・とテレビなどで金持ちぶりを吹聴する人がいますが、それは何て心が貧しいのだろうと思えてしまいます。

インドのお金持ちは神事や人のために使います。

寺院などへの寄付であったり、自分より貧しい人に使ったりするのです。

そうしたお金の使い方は活きた使い方であり、巡り巡って自分により多くの豊かさをもたらします。

お金もある種のエネルギーですので、活きた良い使い方をすれば自分にまたそれ以上に帰ってくるのです。

これは法則です。

インドのお金持ちはこの法則を知っていますので喜んでそのようなお金の使い方をします。

今の日本人はどうでしょうか?

昔は篤志家と言って財産を慈善事業に使う人がたくさんいました。

最近では余り聞かないです。

お金は稼ぎ方よりも使い方に人間性が現れるものです。

桑田氏の「裏の努力」やインドのお金持ちの寄付の話は、いかに運を向上させより良く生きるかという点で欠かすことはできません。

運を良くするというと自分自身のことになるのですが、そのためには逆説的に自分のことよりも他人のことを大事に思うというのが重要なのです

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