不思議な子供だった熊蔵

では、浜口熊嶽は一体どのようにしてその摩訶不思議な技を体得したのでしょうか?
また、その技法は修練によって体得できるものなのでしょうか?

浜口熊嶽には師がいました。
名を実川(じつかわ)上人と言います。
浜口熊嶽の語り以外に、その活動や存在を裏付けるものはありません。

実川上人は那智山中で修行をしていた修験者であり、これもまた気合を多用してました。
熊嶽と会った時、熊嶽は師を60才位と見ていましたが、実際その時92才の高齢でした。
90才を超えて那智山中で厳しい修行をしているとは驚愕で、いかに修行が進んでいたかは明らかです。


熊嶽は幼少時の名前が熊蔵で、その頃から出来が悪く、「アホ熊」などと嘲笑される出来損ないでした。
三重の長島のさびれた漁村の子に生まれ、相当な貧困の中で成長していきました。
今でいう小学校に入学するも、学校の勉強についていけず退学になります。
諸事鷹揚な父親もさすがにそれには嘆くしかありませんでした。

そのアホ熊ですが、不思議な感覚が幼少時から備わっていて、その日の漁の豊漁・不漁が事前にわかるので、アホだけど不思議な子供だとみられていました。
小学校を退学した熊蔵は、家業の漁業を手伝い(むな)しく日々を過ごしていました。
熊蔵は豪快で腕っぷしが強い子でしたが、村の小童どもにこぞってバカにされたりおちょくられたりしていたため、一人遊びをして時間をつぶすことも多かったといいます。

そして、ある日のこと熊蔵の評価を一変する出来事が起こります。
しけの日に漁に出た村人が帰ってこないという事件が発生したのです。
村では懸命に海を捜索しましたが、行方がわからず遺体も上がりませんでした。

そのような状況の中、ある時熊蔵が言いました。

「あそこ、海が光っている!あそこに行ってくれ!」

大人たちは興奮する熊蔵を乗せて舟を出し、熊蔵の差す方向に向かいます。

「あっちだ!」
「いや、こっちだ」

と行く先は二転三転したものの、指示した場所に辿り着くと、そこには傷んだ遺体が浮かんでいました。

遺体は収容され、家人は嘆きましたが、一斉捜索してもわからなかった遺体を熊蔵が独自の感覚で発見したので、村人たちの見る目が変わり、アホ熊から神童とみなされるようになったのです。

それまで事あるごとにいじられたりおちょくられたりしていた熊蔵は、もうそのようなことをされなくなり、今度は逆に復讐し、村のいじめっ子どもを完膚なきまでに叩きのめしていったのでした。
熊蔵がそのような悪さをする様になっても、大人達の見る目は以前と違いますので、それを(とが)められたりすることもありません。

そのようなある日の夜、熊蔵がボロ屋の床で寝ていると何やら枕元に立つ影があります。
ビックリして熊蔵が起きて目をやると、そこに高齢の僧か山伏の風情の者が立っていました。

まるで天狗のような風采(ふうさい)の老僧は次の様に言ったのです。

「よいか、小僧良く聞け。ワシは那智の山で修行をしている実川と申す者だ。ワシにはある秘中の法がある。7年に渡って各所の山や里で継承の器を持つ者を探しておったが、どうにも見つからんかった。そしてこの村に辿り着くと、不思議な力を持つ子供の噂を聞いたので、その子を探してしばし見ておったのじゃ。そして、その子はワシの継承者に相応しいことがわかった。」

「それが小僧、おまえだ!」

「よいか、これは伝法の貴重な巻物だ。これを証拠として残しておくが、決して開けてはならぬ。誰にも見られてはならぬ。そして来年の3月になったら那智山に来るのだ。そこで一から修行を始めるのだ。」

夜中に不審者が現れただけでもビックリして腰を抜かしてしまいそうですが、この様なことを言われ熊蔵は最初何を言っているのか理解できませんでした。

表から出ていった実川上人を見送り、再び床についた熊蔵は、朝起床し「昨夜は変な夢を見たものだ」とまなこを擦っていると、夢で見た経文が1巻残っています。

「あれは夢ではなかったのか・・・」

起きてから巻物を家の中の人目につかないところに隠すと、熊蔵は決して実川上人のことを他言しませんでした。


春になり、山の雪が少しずつ融け出す頃、14才になった熊蔵は出立の決心を固めます。
親には一切そのことを言わず、家族との最後の食事を味わいました。
「次にこのようなごはんを食べられるのはいつのことになるのだろう・・・」と一時の幸せを噛み締めました。

夜も明けやらぬ早朝、熊蔵は寝ている家族の顔をしっかりと心に刻み、家を後にしました。
男として独り立ちをした瞬間です。
これからどうなるのか、何をするのかもわかりません。
どこに行くのかすらわかりません。
あの夜現れた実川上人を信じて、薄暗闇の中、那智山の方角に1人歩いて行きました。

中学生の時分だったため、持つ物も持たず、とりあえず家を出ただけの熊蔵は、道中あまりの空腹に「このままでは死んでしまうのではないか」という位苦しみました。
水を呑み飢えをしのぎ、人家の軒下で雨露を避け、厳しい旅路を歩みました。

やがて、歩いていると頭の中に「そのまま進め」「そっちじゃない、こっちだ」などと指示が入ってきました。
実川上人は熊蔵が動き始めたことを霊視で察し、那智山中からテレパシーで誘導していたのでした。
頭の中に入って来る指示を信じて熊蔵は歩みを速め、そしてやがて途中まで迎えに来た実川上人と再会を果たしました。