【人はつながっている】ほどほどという中庸

私は気功治療を通じて数多くのお客様をみてきましたが、社会的に成功を収めている人の家に病気や障害を持っている人を見ることが度々ありました。

その家族の中に、一人だけ病気で社会生活がままならない、肉体的や精神的な障害があって社会に出られないという人がいたりします。

私は幸も不幸もカルマ(因縁)というものは、家系で共有するものと考えていますので、家長が事業など社会で成功した場合の反作用というか反動のようなものが、家族の一番弱い人に出るのではないかと思うことがあります。

家長は社長で社会的にも尊敬を集め、大活躍をする一方、ほとんど社会生活を営めない家族の一員がいるのは、どこかバランスを欠いているのかと想像をします。

社会で成功を収めるのは確かに素晴らしいのですが、そのプロセスが肝要です。
自己の欲望を肥大化させて、エゴをむき出しで突き進んでいくと、その過程で人を蹴落とし憎まれたりしてネガティブな念(邪気)を受けるのではないでしょうか。

もしくは、元々あったカルマの総量というものが、グッドカルマが家長に片寄ったために、バッドカルマが家族の誰かにしわ寄せが出ているのかもしれません。

いずれにしても、何か自分の欲望だけで頑張り過ぎることは良くないことのように思えます。
事業を進める際に、必ず目標や計画を立てます。
そのこと自体は良いのですが、無理をしすぎるとどこかで歪みが生じます。
自分が成功を収めたから偉いのだと、自分のことしか考えないのであれば、それは見方が狭いか、傲慢というものでしょう。
自分だけ成功すればよいということではなく、家族が全員そこそこ健康で幸せだという状態を作るのが理想的な舵取りです。

そのようなバランスの上で、社会的に発展繁栄をするのは、素晴らしいことでしょう。
おそらく成功した人は、人格も陶冶され、良い顔付きをしているのではないかと思います。
そのような人の事業は、社会でも永く求められ、数代に渡って繁栄をしていくことができます。

逆に、エゴを肥大化させて無理矢理成功をした人は、どこか好かない顔をしているものです。
かつて、漫画家の水木しげる氏(ゲゲゲの鬼太郎の作者)がそのような成功者を指して「目の玉がつり上がってどことなくおかしい」と成功者への懐疑的な述懐をしていましたが、そのような感じです。
私も思わず「全くその通りだ」と大いに首肯しました。

要は、何事もバランスや調和が大事だということです。
それが自然な生き方です。
無理をし過ぎないよう、ほどほどに人生を渡っていきましょう。

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