コロナの分断の動きにどう向き合うか?

分断

過去の人生で、おそらく私は宗教者として生きていたことがあったのでしょう。
宗教者として神を崇拝し、人助けをしながら静かに求道の人生を歩んでいたような気がします。
宗教者は神を信仰しますので、人畜無害でも、時代によっては気味悪がられ、非難を浴びたりします。
宗教者を異端者とみなし、排除したり、魔女狩りして殺したり、いつの時代も宗教弾圧が繰り返されました。

宗教者は神を信仰しながら答えを求め続けているだけです。

人が生きていくのに、いかにしたら苦難が去って幸せになるのか・・・
なぜ人は苦しまなければならないのか・・・
人がこの世界に生を得る目的や意味は何であるのか・・・
人とは何か?地球とは何か?そして宇宙とは何か?

宗教者は時に信仰心から偶発的に得られた超常の力で、人々の救済を始めます。

神が五感で把握できないために、無神論者は信仰が厚い人を「いかれている奴」「気味悪い奴」だとみなします。
そして、排除・疎外したりします。
中世ではキリスト教以外の宗教者や呪術者(気功師・占い師・霊能者など)を、「奴は魔女だ」と権力にタレコミをし、火あぶりや拷問で殺してしまったりすることもありました。
魔女狩りで殺された人数は300年間の累計で900万人と言われています。(※魔女狩りの対象は男性も含まれています)
タレこまれたらロクな裁判もなく死刑ですから、キリスト教以外の異端の宗教者や呪術者は、他人を信じずにひっそりと生きていくしかない受難の時代を過ごしてきました。

その一方、宗教者は無神論者を「信仰のない下劣な奴」「霊性の低い輩」と蔑視します。
互いが互いを、おかしい奴とみなし、分かり合えないから交わらず排除する様にしてきた訳です。

私は5~6年、数行日記をつけています。
それをみると、不思議と同一の日に同じ様な出来事が起こっていることを散見します。
たとえば、「深夜、家族と口論になった」というような出来事です。
同じ様なことが度重なる訳で、これは偶然という確率論を超えた一つの力が人生に働いていると考える様になりました。

その人生のパターンとは、カルマだと言えます。
カルマは、人生で乗り越えなければならない課題であり、それが解消できないと幾度も人生に形を変えて現れます。

つまり、同じ様な出来事が起こっているということは、カルマが解消されていないとみることができます。

それは年単位での繰り返しパターンもあれば、人生単位での繰り返しもあります。
つまり、幾度も人生を繰り返しながら同じ様な出来事に遭遇し、同じ様な対処をしているということです。

現在、コロナウイルスが世界中に蔓延し、大きな恐怖が地球を覆っています。
そして、顕著になってきたのは、加速する分断の動きです。

コロナを怖れる人と、ただの風邪程度と考える人
マスクを信仰し防御に余念のない人と、マスクは役にたたないと考える人
一生懸命手に消毒液を付ければコロナの感染が防げると信じる人と、却って免疫力が低下すると考える人
無症状者から感染すると信じ戦々恐々としている人と、そんなことがある訳がないと考える人
ワクチンを打てば予防になると信じている人と、ワクチンが予防になることはないと考える人
ワクチンを打てば軽症で済むと信じる人と、ワクチンを打てば却って重症化すると考える人
ワクチンを打てば健康になれると信じる人と、ワクチンを打てば長期に渡って健康被害のリスクがあると考える人
新聞・テレビの報道は真実を伝えていて正しいと信じる人と、新聞・テレビの報道はバイアスがかかって歪んだ情報であると考える人

というように、大きく考え方が2極に分かれています。

前者の方がマスコミの考えるところで、新聞やテレビで大々的に報道しますから、そちらの勢力の方が圧倒的に強いです。

前者の様に考える人は、後者の様に考える人を、「陰謀論に洗脳されている」と危険視し、
後者の様に考える人は、前者の様に考える人を、「テレビに洗脳されている」「オツムが弱い」と蔑視します。

いずれにしても、世界が大きく分断する動きが加速しているのは確かです。
たとえ、家族や恋人であっても、この踏み絵を踏めるかどうかで、生き方が大きく分かれてしまうことになります。
これはどちらの立ち位置にいたとしても、自分は正しい、相手は間違っているという思考パターンに入り、排除や対立に動いてしまうところがやっかいなところです。

私は後者の考え方の立場にいますので、前者的な考え方をする人々に対して「ホント頭がおかしい奴らだ」と烙印を押す思考パターンに陥りがちです。
現に、Twitterをみれば、それぞれの立場の人が互いのことを卑下するtweetが溢れかえっています。

私はこの分断のパターンを、かつても経験した様な気がします。
それは、かつて宗教人であった時に、キリスト教徒や無神論者との間に起こった分断のパターンと酷似していることに気付きました。

「また同じ様なことが形を変えて起こっている」

また同じようにして起こってきた現象に対して、通常は相手を説得したり、蔑んだり、排除したりしようとします。
これが一般的な反応パターンです。

往々にしてこのパターンを選択すると、統合に向かうどころか、分断が加速し、やがて最後は自身に攻撃的なエネルギーが返ってくるオチで終了となります。

おそらく何度もこの反応パターンを繰り返したのでしょう。
そして、混乱は続いていったはずです。
今回は同じ轍(てつ)を踏むわけにはいきません。

相手を説得するのではなく、相手を異端と見下すのではなく、相手を排除するのではなく、
相手を受け容れ、認めていかなければならないのです。

それは分断とは逆の動きで、統合に向かう力となります。

ワクチン反対、マスク反対のデモを大勢の人が起こすのも、確かに大きな力となり、それなりに抑止となるでしょう。
しかし、より大きな力は集団での活動ではなく、個々のマインドから生まれます。
つまり、相手を受容する心を持つこと、そして祈ることです。

それが、私たちと地球に課せられたカルマの解消法だったのです。
今回はそれを実践していくことで、人々に安心と平和が戻り、地球全体の意識もより高次に変容していくことになるでしょう。

分断

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