天のお導きだったあの時の一本の電話

今の気功治療家の仕事は今年で19年目になります。
それ以前はサラリーマンでした。
当時、偶然にも最初の気功の師匠である故・千葉久之先生を知りました。
がん患者さんをたくさん完治させていた、その卓越した能力に憧れ、入門したいと申し出ました。

しかし、教授料はその当時の私にとってとてつもなく高く、ウン百万円、一括現金払いという極めてハードルの高いものでした。
私は、千葉久之先生から「水野君も外気功ができるよ」と言われ、何としても気功治療家になりたいと思うようになりました。

密教の世界の伝授料というものは、昔から相場が高いと決まっています。
チベット密教では、家が建つ位の金額を師に払うのが慣わしになっていました。
それでも、法力を得られれば長い年月で元が取れると算段がつくのです。

その当時、私は全然貯金がありませんでした。
妻と幼い子供がいましたが、週末も娯楽に使うお金もなく、つつましく暮らしていました。

それでも、気功治療家になれるかもしれないというチャンスが到来し『この時期を逃しては次はない。絶対ここで転職をしなければ』と決意を固めました。

先立つお金はありませんが、『借金すれば何とかなる!』と無茶苦茶なことを考えたのです。
会社勤めをしていた時、私は会社の一事業を担当し事業の採算はよくわかっていたのにもかかわらず、舞い上がっていたのでしょうか、そのような無謀なことを考えました。
『気功治療家になりたい!』という高まる思いをどうしても抑えることはできませんでした。

冷静になって考えれば、借金して独立なんて間違いなく失敗するに決まっています。

猪突猛進になり、「会社を辞めよう」と思い立ち、辞表を背広の胸ポケットに入れて、社長室のドアを叩きました。

創業からずっと一緒にやってきた社長です。
社長ではありますが、ビッグな兄貴のようでもありました。
苦楽を共にしてきたからか、他の従業員とはちょっと関係性が違っていて、体育会の先輩後輩の関係に近く、怒られる時には他の社員には見せることがない容赦ない厳しい怒り方をされたものです。

「社長、お話があります」

と入室し席についたら、その時突然電話が鳴りました。
社長がその電話を取り、話を始めるのですが、なかなか話が終わりません。
私は退社を告げなければならないので、緊張の面持ちでじっと待っていました。
それでも、社長はなかなか電話を切る気配がありません。
仕舞いには、

「水野、ごめん。また後でな。声かけるから」

と言って、社長室を飛び出してしまいました。
私は数日お声かけを待ちましたが、社長はそのまま私のことを忘れてしまって、辞表を出す機会がなくなってしまいました。

その時、私は『あぁ、今はまだ辞める時期ではないってことなんだろう』と解釈し、辞表を出すことを思いとどまりました。

それから3年くらい、辞めることは忘れて再び仕事に打ち込んだ時期を過ごしました。
そうしているうちに、まさに奇跡的とも言える形で独立できる程度のまとまったお金ができました。
それを機に満を持して退職しました。
借金もせず、何のお金の心配もなく独立することができたのは、まさに神のお導きだったと思います。

あの時、電話が鳴らず辞表を提出し退職していたら・・・と思うと、ゾッとします。
きっと借金まみれになりながらボロボロになって廃業していたことでしょう。

あの時鳴った一本の電話に助けられて、今日という日を無事に迎えられています。
あの電話は、天からの助けだったと思わずにはいられません。

人生は普段気がつかなくとも見えない力が働いています。
それは神や守護霊のお導きです。
それを感じるには、我を押し通さず、流れに乗るのが大事です。

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