見えるものが存在しない、見えないものが存在する・・・存在の不確かさについて

ここのところ、多忙で帰りが遅くなっています。
24時を過ぎた深夜、すっかり静まった帰り道に夜空を見上げると、一つ一つが宝石のような大小の星が無数に天空を占めているのに気付きました。

その夜空はダイヤモンドが散りばめられているかのようで、見上げつつ歩を進めていくと世間の喧噪がとても小さいものに思えました。
また反対に自然の偉大さ・雄大さに感動を覚え、これこそが摂理であり神なのだと心に響くものがありました。

疲れている時、悩んでいる時に空を見上げ星や雲を見ていると、悩みが一掃されてしまいます。
悩んでいる方は、下を見てないで空を見上げると良いでしょう。

施術院経営という仕事に従事して忙しいというのは、結果多くの人に施術をさせていただいている機会があるということですから本当にありがたいものです。

昔、勤めをしていたとき、その時もとても忙しく夜討ち朝駆けのような毎日で、労働時間がとても長くしんどいものでした。
今のこの仕事は「労働」とは思いませんが、いつの間にか多忙を極めていた前職の労働時間を超えていました。

ホームページの更新も全然できず、中にはこのような内容でも「楽しみにしています。」と言ってくれるお客様がいますので、申し訳ないと思っています。

さて・・・
一つ一つの星からはそれぞれの波動が光となって地球に降り注いでいます。
星や月からのエネルギーは肉体の周りにある波動(オーラ)をクールダウンさせて、清浄に導いてくれるという実感があります。

夜一人で夜空を見上げ、自然と一体になる無の境地を満喫するのも、心身に良い影響を与えてくれることでしょう。

白く瞬く夜空の星達を私達は太古の時代から眺め、思いを馳せてきました。
産業文明が起こって現代のようになったのはここ200年のことであり、さらにこの50年位はネオンライトの人工の光で星が見えにくくなってしまいましたが、私達は生まれ変わって体験している人生そのそれぞれで同じ星たちと出会っているはずです。

星は遠く宇宙の彼方に存在し、そこから放つ光が数億年をかけて地球に届き、それを私達が星として認識しています。
実際にあるように見える星達も、今この瞬間に確かに存在しているものかというと、実際は光が届くのにとても長い時間が流れているため、既に存在していない星もたくさんあるはずです。

このように、実際に見えているものが本当に存在するかというと存在していないものもあるのでしょう。
星を例にとるとわかりやすいのですが、実際に私達が日々の生活のなかで「ある」ものとして認識しているものの中にも「存在しない」ものもあるのかもしれません。

また逆に、見えないから「存在しない」という認識をしているものの中にも「存在する」ものが無数にあるのだと思います。

人は見えないものに対して過剰に反応します。
コロナウイルス、放射能・・・これらのものに対する恐怖が蔓延しています。
目に見えないこれらのものに対して、意図的に編集された情報を鵜呑みにして、思考停止状態で「怖い怖い」と反応させられている様に見えます。

自分の身の回りでたくさんの人がコロナウイルスという未知の病原体によってバタバタ亡くなっているのでしたら怖れるのもわかりますが、「周りで亡くなっている人がいますか?」と問えば、「イエス」と返事が来ることはまずありません。

福島の放射能汚染によってガンが爆発的に増えると信じられていますが、一体誰がその被害者なのでしょうか?
ガンのお客様は弊院には多く来られますが、誰が被曝によるガン患者なのか見当もつきません。
ガンの患者さんは世の中にたくさんいますが、その中で病院で「放射能の被曝によるガンです」と診断された人がいるとは聞いたことがありません。

一方で、「幽霊なんているわけがない」と信じている多くの唯物論者は、霊障の弊害を知りません。
見えないから「存在しない」と短絡的に結論付けていますが、病気や災難が霊障によって起こっていることは少なくないと実感しています。

そして、それを除去・浄化することで問題解決をしている療術家・霊能者は世に珍しくありません。
「存在しない」とされている霊は、果たして本当に存在していないのでしょうか?

見えないものが本当に怖いのかどうか、巷の情報に振り回されることなく自身の頭でしっかり考える必要があると思います。

私達は意識が存在していると認識できるものだけを「ある」ものとして捉えますが、その認識できる範囲は脳という受信機が捉えられる極めて限定された領域・世界だけにすぎません。

それだけに、ないものを在ると怖れ、在るものをないと信じてしまうのでしょう。

もっとも、この世界そのものが本当にあるのかどうか。
99.9%の人が在ると信じきっているこの3次元の世界も実は仮想現実(マトリックス)なのかもしれません。

五感(目・鼻・耳・口・肌)を通して入って来る外界の情報が、本当に確かなものなのか?
それを疑う人もまずいないとは思いますが、ひょっとすると精巧なバーチャルリアリティーのゲームである可能性も無きにしも非ずです。
仏教でも一切が空と言っていますし、スピリチュアリズムでもあちらの世界(霊界)が主で、こちらは従で、「夢を見ているに過ぎない」と言います。

幼少の頃から私は「目の前にあるものは本当に存在するのだろうか」、また、「私が見ている世界は他の人も同じように見えているのだろうか」という疑問を抱き続けてきました。

長年の疑問に対する答えは近年分かってきた部分もありますが、肉体という重い波動をまとっている状態ではなかなか多くは分からないものです。
いつか肉体という衣を脱いで自由になった日に分かるものがあるだろうと秘かに期待をしています。

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