邪気抜きヒーリングスティック療法認定講座・初級 9月5日開催決定。参加者募集中。

人はなぜ生霊を飛ばすのか。そこには分離の幻想があった

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今回の修行は、大変疲労困憊(こんぱい)しました。
修行の前日から急に邪気を受けて体調が悪化してしまいました。
おそらく生霊による邪気が私の氣場を侵食し始め、それによって重だるい不快感がずっと続きました。
今はだいぶ軽くなったものの、まだ感じます。

誰から来ているのか特定するのは難しいのですが、誰かと霊的導線が結ばれて、その人が受けている生霊が私に移行したものと思われます。
かれこれ4~5日も続いているので、いい加減早く抜けてほしいです。

生霊を受けることは大変しんどいものです。
源氏物語など平安期の古典に、生霊に襲われて命を落とした・・・という記述があるように、強力なものは生命に関わります。

これらは一見、恐ろしい怪奇現象のように思えますが、その根底には人間関係の歪みがあります。
生霊とは何でしょうか?
それは、生きている人の強い感情(恨み・嫉妬・執着・愛情)が人格のように分離したエネルギー体で、半分自我を持つ存在です。
人が発する悪念より強烈で、送り手の魂の一部が分離して相手に憑きます。

生霊は、強い嫉妬・恨み、執着、強いストレスや精神的ショック、恋愛依存を長期間持つなどの状況によって生じます。
得てして、本人が無意識のうちに飛ばしていることが多いのです。

それを受けると受け手は、急に体調が悪くなります。
圧迫感、首や肩の重苦しさ、強い倦怠感と疲労感、不眠、気分の落ち込み、頭痛、胃の不快感などを感じます。
私の場合はこれに加えて上腕を万力で締め付けられるような重い痛みが定期的に頻発します。

病院は、このような症状に対してほぼ無力です。
「原因不明」「気のせい」として片付けられて、精神安定剤を処方されます。
もちろん、そのような薬で良くなるはずがありません。
原因が霊障とわからなければ、いつまでもその苦しみが続きますので、社会生活も困難になります。
特に心臓の病気には生霊が関係していることが少なくないと感じています。
また、巷(ちまた)で多いパニック障害も実態は霊障であることが多いのです。
これらはほとんど知られていないことです。

生霊の問題は、祓っても祓ってもつきまとうということです。
私も、自浄能力がありますから、浄化を続けますが、「抜けた」と思ってもまたしばらくすると戻ってしまっています。

私が気功治療をする中で生霊を受けてしまったことは数多くあります。
その都度、大変な苦しみがあり、それを取り除くのに大変な時間と労力を要します。
一度は、自分の身体が筆舌しがたいおぞましい状態になってしまって、患者さんに「申し訳ないけれど、これ以上施術を続けられません」と謝ったこともありました。
その患者さんは、弊院に来られる前に、実に多くの方々の霊能者や施術家を巡り、ようやく弊院で施術の効果を実感できて希望の光が見えていたのです。
しかし、私はやむなく施術をお断りしたので、随分と泣かれて施術を懇願されました。
でも、これ以上自分の身体を壊すことはできないので、私も断腸の思いでお断りしたのです。

生霊ほどではありませんが、悪念にも同様の性質があります。
これは生霊ではなく、悪念のレベルのエネルギーですが、それによって家族が大変なことになってしまったことがあります。
もう10年以上前になりますが、家内がまだ私と一緒に働いていたときの話です。
家内は私とは違う種類のヒーリングをしていました。
あるクライアントとトラブルになってしまい、私は矢面に立って家内を物理的にもエネルギー的にも護っていました。
そのような折、ある喫茶店で一緒にお茶をしていた時に、私が「大変な思いをして護ってあげている」というようなこと伝えたところ、

「そんなことを頼んだ覚えもないし、不要だ」

と言下に私の労苦を否定されたため、「ならばもう知らない」と突き放したのです。
そうしたら、その翌日に家内は自宅の階段から転落して足を骨折する怪我を負ってしまいました。
その事故の因果関係は、答え合わせができるものではありませんが、家内も「あの人の念のせいだろう」と述懐していました。
私自身も、その可能性は高いと感じています。
私が張っていた護りを解いたことで、相手からの悪念が直撃してしまったのでしょう。

私は長年の修行の結果、ある程度霊的防御力が高まっています。
私の防御力が強かった場合に、それが家族や親しい人、中でも弱い人のところに及ぶことがあります。
現象の答え合わせはできないのですが、「自分のせいではないか」と思わずにいられません。

「周囲に悪影響が及んでいるかもしれない状況の中、自分のエゴで自分のやりたい仕事を続けていていいものだろうか」と何度自問自答したかわかりません。
今でも度々そう思います。
家族や子供が苦しむ姿を見るのは、自分が苦しむ時以上に苦しいもので、心が折れそうになります。

このことを考えると、昔から修行者が独身を貫いてきた理由には、一般に語られる理由とは別の側面もあったのではないかと思うのです。
仏教では、僧籍にある者は妻帯を禁止されている宗派があります。
日本では許されているところが多いですが、海外では禁止されているところの方が多数派です。
これは、性欲のコントロールという理由もあるでしょうが、邪気や業が大事な伴侶に及ばないようにする配慮もあるのではないかと推測しています。
だから、行者や宗教者は独身が多いのです。
私も今は男やもめでありますが、余生で妻帯することは今の仕事を続ける限りまずないでしょう。

今回は気功治療によってではなく、ご神木プージャによって多くの参加者との霊的な接点が生まれ、霊的導線ができてしまったことで、私が邪気を被る羽目になったということです。
「ご神木プージャだけでここまでなるとは・・・」という気持ちですが、私の感応度合いが修行によって段々と高くなっているからでしょう。
ご神木プージャが終わってもまだ続いているので、今回は厳しいものがあります。
この文書を書いている時も、人を背負っているかのように身体が重く、腕もジンジンと痛みが続いています。
その邪気が、ご高齢で体力が弱っているプリースト(司祭)の仙人師匠に及ばなくて本当に良かったと思います。

なかなか強力な生霊は普通の人では堪えきれるものではありません。
私のように氣を扱えなかったらおそらく寝たきりで動けなくなっているはずです。
いつになったら解放されるのか見通しが立ちませんが、その間ずっと鋼鉄のような強い精神力を保ち負けないようにしなければ自分が破壊されてしまいます。

体調が良いときは、精神状態も良好で明るく前向きなことを考えられるものですが、このような状態ではそれもなかなかできません。
苦しさが続くので、

「なぜ、自分がこのような目に遭わなければならないのだろう」
「どうしてこのような醜いエネルギーがあるのだろう?」

と自分の運命を嘆き、虚しくなります。
なぜなら、私はご神木プージャではまったく報酬を得ておらず、師匠のためにとりまとめをボランティアでしているに過ぎないからです。
この世界が平和で愛に満たされたものであってほしいのに、対極の負のエネルギーに対峙することになってしまうのがやるせないです。

このようにして施術家や霊能者は邪気にやられて、病気になってリタイヤするか、早逝します。
実際たくさんの方々がそうなっています。
新規の患者さんが来院した時に来院の理由を尋ねますが、「これまで診てくれていた先生が身体を壊したから」とか「仕事を辞めてしまったから」という理由は結構多いのです。
まさに命を削るような世界なのです。
先日も近所のある鍼灸の達人が身体を壊して休業に追い込まれたと耳にしたばかりです。
私も仙人師匠と出会っていなければ、もっと早くリタイヤして転職していたに違いありません。
今年で21年目になりますが、このようなハードな仕事をここまで続けてこられたのは奇跡と言ってもいいかもしれません。

私には見えないご加護もあるのだと実感します。
私の事務室のデスクの前に飾っている大きな仏様の画。
それを見る度に「護ってくださっている」「ありがたい」と感じます。
それには理由があります。

その仏様の画は、仏様の首から下の衣装の部分がどうしたわけか無数に切れて破れめくれ上がっているのです。
もちろん、何か物理的に傷つけたことはありません。
それは見事に衣装の部分だけで、画の背景やその他の部分は破れているところはありません。
想像に過ぎませんが、「私への霊的攻撃の身代わりになってくださっていて、衣装がズタボロになっているのだろう」と感じているのです。
それで、見る度に本当に申し訳なく思い、毎日「ありがとうございます」と感謝をお伝えしています。

シルディ・サイババ像
シルディ・サイババ像

その他にも、私の氣(エネルギー)が乱れている時、店に祀(まつ)ってあるシルディ・サイババ像も同じように氣が乱れていることがあり、「私の邪気を引き受けてくださっているのだ」と思うと、申し訳なさで感涙しそうになります。

今回の例からも一目瞭然のように、私は色々な方と霊的導線が結ばれるようになりました。
人と人は見えないエネルギーで繋がっています。
また、現界と霊界との繋がりもあります。
これは魂と魂の繋がりといえます。
私たちの人生は縦横に織りなす見えない因縁によって表れています。
それが良い波動のエネルギーばかりであれば、人生は幸福感に満たされたものになります。
ところが、怒りや恨み、嫉妬、不安・心配・猜疑心などのネガティブな良くないエネルギーが混在していれば、人生は苦しみ多く、暗く湿った不遇なものになります。

生霊とは、人との繋がりがあるからこそ生じる現象です。
本来、その繋がりは愛として働くものですが、分離の幻想によって憎しみや執着へと変質します。

生霊を根本から無くす方法は除霊だけではありません。
分離の幻想を超え、本来の愛へと還ることこそが、本当の意味での浄化なのです。

私は常々、私たちの本質である魂は愛から成る宇宙の太源からこの物質世界(第三密度)に下生したのだと伝えています。
愛が本体でありながら、一体なぜ生霊のような醜いエネルギーを生んでしまうのでしょう?
実に悲しいことだと思わずにいられません。

根本的な要因は、自分自身を愛という宇宙の太源から切り離された孤立した存在だと思い込み、本来すべてが繋がっていることを忘れてしまった分離の幻想にあるのだと思います。
今でも地球のほとんどの人類は、分離の幻想に陥っています。
だから、なかなか調和に向かうことができず、自分大事のエゴ中心的な生き方をしています。

それを変えるには、1人1人が愛に目覚め、そのエネルギーを世界に拡げて満たすことです。
そうすることで、人々の苦しみが癒されることになり世界が良くなります。
この文章を読んでくれた方が、共感し愛を拡げる一役を担ってくれたら幸いです。

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